父のみそ汁

いま再来年のカレンダーの制作にとりかかっています。
担当の方と何年も先のための仕事をしていると、
そのとき生きていないと話にならないし、
どうするのだろうと心配になります。

とりかかっているカレンダーの画題は「家族」にしようかと思っております。
そういえば、母親を亡くしたあとの父親のみそ汁は、
何ともおいしくありませんでした。
フランス帰りの父(画家・雨田光平)曰く、
「ふらんす風は、ねぎは刻まない」のだとか。
きっと面倒だったのでしょう。
お椀持った子ねこと親父猫とで
お題は『父のみそ汁』なんてのはどうだろうかと思います。


空襲のとき、母は空を見上げて「まあ、きれい」と立ち止まりました。
自分の掘った防空壕に落っこちて足を骨折した父は動転していて、
母を叱りつけました。
母は病で死んだ弟の位牌だけ持っていましたし、
僕は鼻緒の切れた下駄をぶらさげて、学校の教科書を持っていましたが、
いつかどこかで鞄もろとも落としたらしく、
鼻緒の切れた下駄の片方だけを大事に持っていました。
父は松葉杖をついてリュックを背負い、
コーヒーの豆挽き機をしっかりと抱えておりました。

母が言っておりました。

「二度の空襲、福井の大地震での火災にも、
 コーヒーの豆挽き機をお父さんはしっかりと持って逃げました。
 あれはよっぽど想いがこもっている物ですね。
 裸のモデルさんが、あれでコーヒー豆を挽いたのだそうよ」

それまでは亡くなった母の嫉妬まじりの話だと思っていましたが
僕はこの歳になって、その話が本当なのだろうと納得いたしました。
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空襲

岡山市の空襲の時には至近距離に落下した焼夷弾の音で目が覚めました。
危ないところで一家五人は助かりました。辺りはもう火炎に包まれていたのです。小一だった僕は防空壕の上で放心したように「あ~、死ぬ~」と云ってたそうです。
上のネコちゃんの写真、僕のホームページの「link」の雨田さんのところで使わせてもらいました。

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プロフィール

雨田光弘

Author:雨田光弘
1935年東京生まれ。桐朋学園大学卒業後、日本フィルハーモニー交響楽団に入団。首席チェロ奏者として活躍後、ソロ・室内楽活動の一方で、幼少より才能を発揮していた絵の創作で一躍名を知られる。楽器を弾く猫や動物などのモチーフは、多くの著名演奏家や音楽愛好家にも愛され、ネコ好きにはたまらない魅力の作品を数多く描き続けている。

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